天地の日

By in 季節・催し, 趣味, 雑学 on 2018年2月19日

2/19は『天地の日』・・・と言われても何の事?という事で、今回は『天地の日』について少しご紹介致します。

『天地の日』とは?

ポーランドの天文学者『コペルニクス』。皆さん学校の教科書等で名前を目にした事があるのではないでしょうか?
彼は、現代では当然の認識である『地動説』を提唱した人物です。この大きな功績を称え、彼の誕生日である2/19が『天地の日』として定められたらしいです。

そもそも『地動説』って何?

名前は聞いた事あるけれど・・・という方が多いかもしれません。簡単に言うと、『宇宙の中心は太陽であり、地球は他の惑星と共に太陽の周りを自転しながら公転している』という事を提唱したものです。現代では当たり前の認識であるこの説。実は、紀元前4世紀~16世紀の長きに渡り、『地球は宇宙の中心にあり、まわりの天体が動いているという』という『天動説』が信じられていたのです。紀元前3世紀頃、この地動説にかなり近い『地球は自転しており、太陽が中心にあり、5つの惑星がその周りを公転する』説を提唱したアリスタルコスという方も居たようなのですが、地球が中心という説を『惑星の自転』という要素が足りなかった為、覆せなかったようです。紀元前3世紀という途方もない大昔に限りなく正解に近い答えに行き着くとは・・・いつの時代にも『天才』が存在するのですね。

『証明って難しい。』

コペルニクスが提唱した『地動説』ですが、この説が立証されるまでにはかなりの年月がかかりました。1543年にコペルニクスが亡くなるのですが、この時点で『天動説』が圧倒的に優勢。しかし67年後の1610年、『ガリレオ・ガリレイ』が発見した『木星の3つの衛星』の発見で、ガリレオが地動説を支持。民衆の地動説の支持が加速します。しかし、宗教的ないざこざから『ガリレオ裁判』といわれる歴史的な裁判へと発展。ガリレオは、裁判の結果、軟禁・書籍の発刊不可という事態に。『それでも、地球は回っている』という名言は、彼のストレートな主張だったんですね。その後、ガリレオの処遇から地動説を唱える学者は萎縮してしまい、大きな動きはありませんでしたが、『アイザック・ニュートン』の『万有引力の法則』を発見した事で、地動説で立証できなかった様々な事が解決。他の学者たちの発見した新たな要素も加わり、遂に地動説は立証されるのです。最後の要素が揃ったのが1838年。その要素を利用し、立証するまでにまだまだ時間がかかり、ローマ教皇庁・カトリックが正式に天動説を放棄し、地動説を承認したのは、1992年の事です。1529年頃に唱えられた『地動説』は、463年の年月を経て漸く認められたのです。

世の中にある『あたりまえ』の影には、多くの人物と多大な時間が隠れています。先人たちの功績に感謝です♪

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